「トイレに流したゴキブリが、下水管を通って戻ってくる」という話は、まるで都市伝説のように語られることがあります。しかし、これは単なる作り話や脅し文句なのでしょうか。残念ながら、その可能性はゼロではなく、構造上、そしてゴキブリの能力を考えれば十分に起こり得る現実的な脅威なのです。通常、家庭のトイレや排水口には「排水トラップ」という構造が設けられています。これは、配管の一部をU字やS字に曲げることで常に水を溜めておき、下水からの悪臭や害虫の侵入を防ぐための仕組みです。この封水(ふうすい)と呼ばれる水のバリアがあるため、通常であれば下水管からゴキブリが直接上がってくることは困難です。しかし、このシステムは完璧ではありません。いくつかの条件下では、このバリアが突破されてしまうことがあります。例えば、長期間家を留守にした場合、排水トラップの水が蒸発してしまい、バリア機能が失われることがあります。また、他の階で大量の水を一度に流した際の圧力変動などによって、一時的に封水がなくなる「破封」という現象が起きることもあります。このような状況では、下水管は室内へと直接つながる道となってしまいます。もし、あなたが流したゴキブリや、下水管で繁殖したゴキブリがこのタイミングに出くわせば、彼らは何の障害もなく排水口から室内に侵入することができてしまいます。特に、体の小さなチャバネゴキブリなどは、わずかな隙間からでも侵入が可能です。さらに、建物の構造が古かったり、配管にひび割れなどの不具合があったりすれば、排水トラップが正常に機能していないケースも考えられます。トイレに流すという行為は、彼らに「戻ってくる機会」を与えているとも言えます。一度外の世界に放たれたものが、再び脅威となって帰ってくる。そのリスクを考えれば、目の前のゴキブリは、その場で確実に処理し、建物内の生態系に影響を与えない方法を選ぶのが最も賢明な選択と言えるでしょう。