一戸建ての家ならまだしも、あなたがマンションやアパートなどの集合住宅に住んでいる場合、一匹のゴキブリをトイレに流すという行為は、単なる個人の問題では済まされない、より深刻な事態を招く可能性があります。それは、あなたの一つの行動が、建物全体の衛生環境を脅かす引き金になり得るからです。マンションの排水管は、各住戸が複雑に連結された、いわば一本の巨大な共同インフラです。あなたがトイレに流したゴキブリがもし生き延びた場合、そのゴキブリは、この広大なパイプラインネットワークへのフリーパスを手に入れたことになります。下水管の中は、ゴキブリにとって絶好の繁殖・移動ルートです。暗くて安全、そして各家庭から流れてくる生活排水に含まれる有機物は、彼らにとって尽きることのない食料となります。生き延びたゴキブリは、この快適なハイウェイを伝って、他の住戸へと自由に移動することが可能になります。あなたの真上の階の住人、あるいは真下の階の住人の家に、排水口からひょっこりと顔を出すかもしれません。最悪のシナリオは、彼らがこの排水管ネットワーク内で繁殖を始めてしまうことです。一匹のメスが産む卵鞘からは、数十匹の子どもが生まれます。これが繰り返されれば、排水管の中はあっという間にゴキブリの巣窟と化してしまいます。そうなると、もはや個人の努力で解決できる問題ではありません。建物全体でゴキブリが頻繁に出没するようになり、専門業者による大規模な駆除が必要になる事態も考えられます。あなたの「見えなければいい」という安易な判断が、隣人とのトラブルの原因になったり、マンション全体の資産価値を下げたりする遠因になる可能性すらあるのです。集合住宅に住む者として、自分の行動が共同生活に与える影響を考える必要があります。一匹のゴキブリの処理方法は、あなたの共同生活におけるモラルが試される瞬間でもあるのです。